その5  街の共生について

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何故なら、敷地内以外の様々な周辺環境に対する最も大切な視点や配慮等が大きく欠落している様に思うのです。つまり、住宅に於ける内部の空間づくりやインテリア等は個人の持っている自由な感覚で全く問題ないのですが、しかし、周辺の街並み環境等に対しても、夫々自由で良いか、と問われれば『NO!』と答えざるを得ません。例えば、ミニコミニティタウン等の場合、庭も含めた家の形(立面姿図)に関し内部空間と同様に夫々自由な発想のデザインで良いのだ、としたら、一体どんな形の街並みになってしまうのかが不安で在り、恐らく2月4日付で投降した『その4』での街並みとなってしまう可能性があります。
やはり、庭も含めた家の『顔=形』となる外部周りは、個人の住宅であってもミニコミニティタウン内だけは少なくとも『社会性=共生・共有の秩序』が必要かと思います。しかし、それには住民の合議による建築への 『建築に対する条件付け』が必要かと思います。例えば屋根の形や色(可能であれば棟の方向も)、外壁の色、外部設備機器屋(屋外機など)への目隠塀の設置、等の『取り決め事項の明文化』を共有化すれば、夫々のミニコミニティタウンの美観や環境整備の向上に役立つものと考えられます。
要約すれば、例え自分の敷地でも周辺の環境は全て地域性や社会性を兼ね備えており、言わば『公共的空間』であります。住民達の意識が高まれば、自ずと周辺環境に配慮した美しい街並みづくりへの意欲が出てくると思います。翻って、コンサートホールや公民館等での演奏会では音楽全体を形つくる指揮者が、その音楽全体を作曲者の意図等も含め、且つ聴衆に対する一糸乱れぬ演奏で音楽のパフォーマンスを届けるのであるが、これに対し、日本古来の雅楽の演奏会は、逆に指揮者なるものがおりません。では、演奏者たちの演奏を、誰がどうやって纏めていくのか、それは、お互いがお互いに隣の奏者の音を聞き比べながら、テンポの維持や速度の自由度を隣の奏者に合わせながら演奏して纏めていくのであり、美しい街づくりも、例え強制権等、無くとも、雅楽の様にお互いをお互いに思いやれば必ずや美しい街並みに変わっていくものと思いますし、この事が、言い換えれば『日本人の美徳』と共通するものではないでしょうか。

その6に続く


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