イスラエルとパレスチナ戦争の背景と原因ー№01

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イスラエルとパレスチナの戦争、
その背景と原因を読み解く―01

連日、イスラエルとパレスチナの戦争、ガサ地区への集中攻撃、等々、これらの問題が大きくマスメディアに取り上げられています。何故、この戦争を止められないのでしょうか?この戦争は国と国、宗教と宗教、民族と民族との歴史的、文化的、政治的、戦略的要因等が複雑に絡み合った結果の戦争である様だが、しかし、私の個人的な見解は、そこには、如何なる大義も正義も感じられず、あるのは単なる人殺し合戦であり、どちらがより多くの敵国人間を殺したか、どちらがより多く、人々の生活基盤を破壊したか、と言う事だけであり、単純に思う事は、どちらかが馬鹿になれば済む事なのに、ここまでくると、馬鹿同士の戦争は行き付くところまで行くのでは、と思うのである。
その証拠に今でも、その戦争の終結は見いだせずにいるのだ。

問題の発端は2000年以上前、パレスチナにはユダヤ教を信じる人々(ユダヤ人)の王国があったが、しかし、その王国はローマ帝国により滅ぼされてしまう。 そもそも、パレスチナとは地中海の東に位置する沿岸地域を指し、丁度、レバノン、シリア、ヨルダン、エジプトに囲まれた位置にあったが、その後、ユダヤ人はパレスチナを追い出され、世界各国へ移り住む事になるのである。
紛争の大きなきっかけとなったイスラエル建国
その後、19世紀に入り、パレスチナに戻りたいユダヤ人たちによって祖国復帰運動「シオニズム運動」が起こる事になるが、パレスチナを統治していた英国の「三枚舌外交」により、結局、オスマン帝国の領土を英仏間で山分けされる事になったのである。そんな背景の中、先住のパレスチナ人との間に衝突が起こり、1947年、国連決議に寄りパレスチナの地が、ユダヤ人とアラブ人の2国に分けられて、翌年、ユダヤ人が『イスラエル』の建国宣言を行ったが、その決議に反発したアラブ諸国がイスラエルに攻め込み中東戦争が始まる要因となったのである。
その戦争は、1967年

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